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福岡地方裁判所 昭和34年(行)12号 判決

原告 熊本新九郎

被告 福岡県知事

訴訟代理人 矢野弘 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「福岡地方裁判所行橋支部昭和三十二年(ヌ)第五号不動産(別紙目録記載の農地)強制競売事件につき、原告がなした競買適格証明書交付申請を却下する旨の被告の決定はこれを取消す。」との判決を求め、その請求原因として

一、訴外大築商事株式会社は昭和三十二年二月二十日その債務者である訴外豊前市三毛門八百二十一番地末延実の所有名義である別紙目録記載の農地(以下単に本件農地という)について、福岡地方裁判所行橋支部に競売申立をなし、同庁昭和三十二年(ヌ)第五号不動産強制競売事件として係属した。

そこで、右裁判所は同年一月二十三日強制競売開始決定をなすと共に、民事訴訟法第六百六十二条の二による売却条件として右農地に対する競買申出は被告福岡県知事の発行する右農地の競買適格証明書を所持する者に限つて競落を許す旨の制限を定めた。

二、原告は前記競売に参加するため、昭和三十四年七月十七日豊前市農業委員会を通じて被告に対し本件競買適格証明書交付申請をなしたところ、被告は同月二十五日本件農地については既に訴外不動実が権原に基ずき耕作しているとの理由により、原告の右申請を却下した。

三、そこで、原告において調査した結果本件農地は農業委員会による交換分合の実施によつて、現在は訴外不動実がこれを耕作していることが判明した。

しかしながら、同人は未だに右交換分合による所有権取得登記をなしておらず、登記簿上の本件農地所有名義人は依然として末延実となつているため、前記強制競売事件においても当該裁判所は本件農地は末延実の所有に属するものとして競売開始決定をしたのである。

従つて、本件農地は飽くまで末延実の所有として、これに対する強制競売手続を進行させるべきであるから、交換分合の結果現に不動実が本件農地の耕作をなしている事実があるとしても単にこれのみをもつては原告の本件競買適格証明書交付申請却下の理由とはならない。

四、のみならず、原告は自作田二反八畝二十九歩、小作田一反二畝二歩、小作畑二十八歩を現に耕作しているもので、本件農地を買受けるにつき農地法第三条による被告の許可を受けるに必要な実質的要件を具備すること明らかであるのに、被告は単に前記理由のみに基ずき漫然原告の右申請を却下した。

これは法が何人が耕作者であるかを問わず競売申立権を認め、具体的に競買適格者と認定される限り、何人に対しても競買適格証明書を交付すべきこととしている趣旨を無視した違法な処分である。

よつて、被告のなした本件競買適格証明書交付申請却下処分の取消を求めて本訴に及んだ。

と述べ

被告の答弁に対し

本件農地が不動実の小作地であることは否認する。本件農地の所有者末延実と不動実の間で小作契約が締結された事実は存しない。

また、本件農地所在地と原告居住地との距離は約二粁に過ぎず右農地を耕作するに遠隔すぎるということはない。

と述べ

立証として甲第一、二号証を提出し、証人森本富蔵の証言を援用し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

被告指定代理人は

本案前の申立として、訴却下の判決を求め、その理由として、競買適格証明の交付ないし却下行為は二八地局第四七八九号昭和二十八年十二月十日附農林省農地局長の通達に依拠して行われる行政措置であつて、これにより申請人の権利義務に何等の法律的効力をも生ぜしめるものではないから行政争訟の対象となる行政処分ではない。

被告が競買適格証明書を交付しても、これが交付を受けた者は単に民事訴訟法第六百六十二条の二によつて裁判所が定めた売却条件を具備したことにより当該農地の競売に参加して競買人となり得るに止まり、これによつて当然に農地法第三条の買受け許可を受け得べき地位を取得し、又は競落人として競落農地の所有権取得に当り右許可を要しなくなるものではない。

他方、被告より競買適格証明書の交付を拒否された者は当該競売に参加できなくなるが、これは裁判所が民事訴訟法第六百六十二条の二に依拠して売却条件として競買人の資格を競買適格証明書の交付を受けた者に限定した事実上の結果に過ぎないのであつて、そのために法律上当然に農地法第三条の農地買受け許可を受け得なくなるものでもないから、これによつて原告の有する競買人として競売に参加しうるという法律上の地位を剥奪したものと見るべきではない。

よつて、本件処分の取消を求める原告の本件訴は訴の対象を欠く不適法なものとして却下されるべきであると述べ

本案について、請求棄却の判決を求め、答弁として

原告の請求原因事実中被告のなした原告に対する競買適格証明書交付申請却下処分が違法である点は否認し、その余は全部認める。

しかしながら、仮りに訴外不動実の交換分合による本件農地所有権取得がその登記を了えていないために訴外大築商事株式会社その他の第三者に対抗できないとしても、同人は豊前市農業委員会による交換分合の実施により自己所有田と交換的に本件農地の所有権を取得して現に耕作しているのであるから、本件農地は同人が所有権以外の権原に基いて耕作している農地法第二条第二項にいわゆる小作地に該当するものとみるべきである。

よつて、被告は農地法第三条第二項第一号の趣旨に従い、且つ原告の住居から本件農地までの距離が相当遠隔で農耕に支障を来たすであろうことも考慮した上で、原告の本件競買適格証明書交付申請を却下した。

以上の次第で被告の右却下行為については何等の違法も存しないこと明らかであると述べ

立証として、乙第一号証を提出し、甲各号証の成立を認めると述べた。

理由

一、先ず被告のなした本件競買適格証明書交付申請却下処分が抗告訴訟の対象となりうるか否かにつき検討する。

(一)  原告は昭和三十四年七月十七日豊前市農業委員会を通じて被告に対し福岡地方裁判所行橋支部に係属中の本件農地を目的とする同庁昭和三十二年(ヌ)第五号不動産強制競売事件に競買人として参加するため、本件競買適格証明書の交付申請をなしたが、被告は同月二十五日原告主張の理由をもつて原告の右申請を却下したことは当事者間に争いがない。

(二)  およそ行政訴訟によつて取消を求めることのできる行政庁の処分とは行政庁が法律に基いてなすところの公権力の行使であつて、国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴う具体的行為を指称するところ、農地の売買による所有権移転には農地法第三条により都道府県知事の許可を要し、これは裁判所による農地の競売についても同様である。それ故に、たとえ裁判所が民事訴訟法の強制執行として農地の競売を実施して競落人が確定したとしても、もしその者に対して農地法第三条による都道府県知事の買受許可が与えられないならば、右競落人は同法によつて当該農地の所有権を取得しえなくなるから、結局再競売に依らざるをえないことになる。かくては、裁判所のみならず利害関係人に対して徒らに時間的、経済的浪費を強いる結果になることは明白である。

そこで、裁判所はその対策として農林省とも協議の上、農地の競売をなす場合には民事訴訟法第六百六十二条の二による売却条件として、都道府県知事の予め発行する競買適格証明書の受交付者に限つて競落人たりうる旨定めると共に、都道府県知事は競買適格証明書を発行するに際しては農地法第三条の趣旨に従い同法条による買受資格を有する者にのみこれを交付するものとし(二八地局第四七八九号昭和二十八年十二月十日農林省農地局長通達参照)、現在では実務上右取扱によるのが一般化していることは当裁判所に顕著な事実である。

(三)  従つて、農地の競売事件においては都道府県知事より競買適格証明書の交付を受けることが民事訴訟法第六百六十二条の二による裁判所の定めた売却条件を充たすことになるから、都道府県知事に対し競買適格証明書の交付申請をなしてこれを却下された者は必然的に当該農地の競売に競買人として参加できなくなる。

このことはすなわち、国民に対して民事訴訟法上保障されたところの一般的に競売参加をなしうる権利を剥奪することになつて、右処分が行政事件訴訟特例法第二条にいわゆる行政庁の処分に当ること明らかであるから、都道府県知事の競買適格証明書交付申請却下の処分が違法になされた場合には、これに対して申請人は裁判所にその取消を求めて出訴しうるものといわなければならない。

(四)  被告は競買適格証明書交付事務は前掲通達に依拠してなされる単なる行政措置であつて、何等申請人の権利義務に法律的効力を及ぼすものではないと主張するけれども、競買適格証明書の果す実質的機能が前記説示のとおりである以上、これが交付又は不交付処分は抗告訴訟の対象たりうる行政処分と解するを相当とする。

他に本訴を不適法ならしめる事由も認められない。

二、次に本訴請求の当否について判断する。

(一)  原告主張の請求原因については、被告のなした本件競買適格証明書交付申請却下処分が違法である点を除きその余の事実はすべて当事者間に争いがない。

しかして、右争いのない事実によると、本件農地はもと末延実の所有地であつたところ、その後実施された地区農業委員会による交換分合の結果、現在では訴外不動実がこれを耕作していること、しかしながら右交換分合による所有権移転については登記を経由していないため、登記簿上は依然として末延実の所有名義のままとなつていることが明らかである。

(二)  農地の売買による所有権移転については農地法第三条の定めるところに従い都道府県知事の許可が必要であり、これは裁判所による農地の競売についても適用される結果、競落人に対して必ずしも右許可が与えられない場合を生じて不都合を来たすので、予め都道府県知事の発する競買適格証明書の交付を受けることが売却条件とされるに至つたこと前記のとおりである。

従つて、競買適格証明書の交付を受けて農地の競売に参加しうる者は、農地法第三条所定の当該農地買受資格を有する者であることを要し、又都道府県知事はかかる要件を充足する者に対してのみ競買適格証明書を交付すべきである。

(三)  そこで、本件について見るに、本件農地はこれに対する本件競売開始決定がなされる以前に既に交換分合によつて訴外不動実がその所有権を取得して現に耕作しているのに、その旨の登記が経由されずに依然として前所有者末延実の所有名義になつているために、同人の債務につき本件競売に付されたわけであるから、不動実は農地法第三条第二項第一号にいわゆる小作農ではなく、従つて本件農地はその小作地でもないけれども、同人は農地交換分合によつて自己所有農地と交換的に本件農地の所有権を取得して現に耕作している者であつて、農地法第三条第二項第一号が小作地につき小作農及びその世帯員以外の者が当該農地の所有権を取得しようとする場合は都道府県知事は同条第一項の許可を与えてはならない旨を規定している趣旨からすれば、不動実は実質的には右小作人以上の強い理由をもつて同法上の保護を受けうべき立場にあるといえる。

してみれば、原告の本件競買適格証明書交付申請に対し、右交換分合の結果訴外不動実が本件農地の所有権を取得してこれを耕作していることを理由に原告の右申請を却下した被告の本件処分は相当であつて、これについて何等違法となすべき事由は存しない。

(四)  なお、原告は、法は何人が耕作者であるかを問わず競売申立権を認め、具体的に競買適格者と認定される限りは何人に対しても競買適格証明書を交付すべき旨定めていると主張するが、民事訴訟法による強制競売に一般的に参加しうる国民の権利も絶対不可侵のものではなく、具体的場合に応じてこれを制限すべき合理的理由があればその制限を受けるのも止むを得ないものと解すべきところ、前記説示のとおり実務的取扱として、農地の競売については裁判所による民事訴訟法第六百六十二条の二の売却条件として都道府県知事の発する競買適格証明書の交付を受けることが必要とされる結果、時により民事訴訟法の原則である公の競売たる実質を喪失する事態を招来することも避け得ないところであるが、農地法は自作農創設特別措置法を承継して戦後の我が国民主化政策の一環として自作農創設のため設けられた特別立法であり、しかも競買適格証明書交付に関する前記取扱は農地の競売にも通常の農地売買と同様に農地法第三条が適用されることを前提として、そのために生ずる競売手続に関する民事訴訟法との法規の衝突をできるだけ合目的に解決すべく考案された方法であつて、そこには十分な合理性が存在するものと認められるから、右取扱に従う結果、仮りに民事訴訟法の公の競売たる原則が制限される場合が生ずるとしても、これは合理的理由に基ずく止むを得ないものといわなければならない。

また、原告は、不動実は右交換分合による所有権移転登記を経由せず、本件農地は登記簿上依然として末延実の所有名義のままであるから、本件農地は飽くまで同人の所有として競売手続を進行させるべきであると主張するけれども、前記農地法並びに同法第三条の趣旨に照せば、不動実において交換分合の結果本件農地の所有権を取得して現にこれを耕作している以上、その旨の登記を欠いていても他の者に対する本件農地の所有権移転は許すべきではないものと思料されるから原告の右主張も理由がない。

(五)  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないこと明らかであるから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 唐松寛 牧山市治)

(別紙目録省略)

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